愛すべき馬鹿たちへ

競馬は楽しかった

S式馬券術についての仮説

古くは2ちゃんねる、現在ではTwitterYoutubeで活躍している馬券師S。彼の言動は謎に包まれていることが多い。しかし、微力な我々でもそれを解き明かすことはできないだろうか、今回はその試みである。

 

その1. 権利とLINE

これはSがよく使う言葉である。まず先に本人から明言のあった「LINE」の方から説明したい。

LINEとは厩舎と騎手、そしてたまに生産者や馬主の関係性のことである。どんな厩舎にも勝ちたいレースのときに乗せる主戦騎手というのはある程度決まっていて、だれが乗っているかによって厩舎の本気度を測ることができる。主戦だと思われる騎手を見つけるには厩舎と騎手の相性が乗っているケイシュウや南関公式サイトの出馬表が便利だ。筆者も逐一まとめていた時期がある。勝負駆けコンビとかで検索してもらったら多分出てくる。LINEはS理論の中で1番分かりやすいのでまずここから学ぶことをオススメする。

次に、馬券師S最大の謎とも言われる「権利」についても踏み込んでいきたい。

Sによれば南関権利理論には10の権利があるという。今まで確認した権利は次の通り。

1.追う権利

2.枠権利

3.内に切れ込む権利

 

1.追う権利は、調教が良い馬である。それ以上でも以下でもない。そのまま変換してもらって大丈夫である。

2.枠権利は馬が好枠にいるときに使われる。しかし、山奥の小林分場で抽選が行われることになっていてそこに毎回行くわけがないというSの主張はたしかに理にかなう面もあり、また最内や大外の厩舎に偏りがあるように見えることからもこれは存在する可能性も捨てきれない、捨てたくない、僕らはまだ夢を見ていたい。そういった理由で鋭意調査中である。こちらから言えることは、地方競馬はポジションをいかに取れるかが着差を分けることも多く、好枠を引けた方がレースを有利に運べるのは確かだということだけだ。

3.内に切れ込む権利はレース中に内に切れ込んだかどうかを見てSが判断する。とくに意味はない。レース前から言ってたことがない。

その他の権利については現在も調査中である。

 

その2. 返し馬

これがSの予想の1番のキーポイントである。Sはよく、返し馬を1分前まで見ていると豪語していて、さらに前日や当日の鉄板も返し馬後に容易に変わることからSは返し馬をかなり重要視していると考えられる。ではどこを見ているのかというところだが、これはもうここしかないだろう。長さだ。返し馬を最後までやっているとSがよく口にしている通り、長時間入念に返し馬をする馬がだいたいSの本命となる。陣営の本気度を測るためにはかなり有効な手段と言えるだろう。

 

その3. 魂の騎乗

Sのファンにはお馴染みのいわゆるタマキジョ、これは主に年間勝利数10勝以下の騎手が勝ちを確保できる馬に乗っているときに使われる用語である。基本的に競馬は騎手よりも馬の力に左右される、キタサンブラックに乗った瀬川とドラゴンブラックに乗った武豊、というと極端だが分かりやすいだろうか。力差のある馬、もしくは仕上げが完璧な馬にそういった騎手が乗るときは騎手の方も本気で追うはずだ、その本気の騎乗のことを魂の騎乗と呼んでいる。

 

4. 指数

S独自のスピード指数である。馬場差は含めているらしい。ラップ指数も作っているらしい。人それぞれ馬の力を測る方法はあるだろう。まあそれである。どうやって作っているかは調査中である、というか調査する気はあんまりない。

 

5. 馬場

基本的に読めない、前後ろインアウトくらい、常人レベル。重要視はしていないらしく、偏った馬場の時も自分のスタイルにこだわりよくやられている。負けたら気づく。気づいてから内が深いとか外が使えないとか言い出す。でも指数にはちゃんと加えている。カワイイ。

 

6. 八百長

基本的に読めない。たまに読んでいるように見える時があるがレースが終わった後の言動である。というか本当に読める人はウミウマや矢野ギーやサトケンの馬にぶち込む。ということで八百長は読んでいない。

 

ここまでを集約すると、Sの理論はいかに陣営が本気でレースに臨んでいるか、というものに1番重きを置いているようだ。ということは優先順位をつけるのであれば

 

Sポイント(高い順)

返し馬の入念さ

調教

スピード指数
ライン(騎手と厩舎の相性)

 

という風になりそうだ。だいたい指数高め、追う権利アリ、勝ちに来たLINEが揃っているときに鉄板仮判定をして返し馬で最終鉄板する流れになっている。指数にかける調教補正を高めに設定しているようだ。

 

さて、ここまでがストマックウォッチャーを3ヶ月続けてきたワタシの推論である。しかし世の中で目に見えるものなんて僅かしかない。Sが完璧に八百長を読んで、10の権利が本当に存在する可能性を真っ向から完全に否定することは誰にも不可能である。よってこの文章も仮説と銘打つこととなった。ここまで読んでもらったみなさんが出来ることは2つ。1つはこの仮説を信頼し、Sが大ホラ吹きのクズ野郎だと吹聴すること。そしてもう1つは、この仮説の可能性を踏まえた上でそれでもSを慕い応援することである。ディズニーランドでミッキーの中身が人間であると叫び、こんなものは幻想だと主張することほど野暮なものはない。大人になってもディズニーランドを楽しめるような、そういった柔らかな精神を持った人間でいようではないか。それではみなさん、最後に御斉唱お願いいたします。

 

マック!マック!マック!マック!